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スターリングラード大進撃

“塞翁が馬”の展開で心に残るヒューマンドラマ


採点 ★★★★

 第二次世界大戦のスターリングラード市街戦を描いた映画は、ジュード・ロウが出た『スターリングラード』(2001)やロシア制作の『スターリングラード史上最大の市街戦』(2015)を観ています。何れも壮絶な市街戦での個人の奮闘を描いており、一種の英雄譚でした。
 最近、『戦略の本質』(日本経済新聞社)という本を読んでいて、スターリングラードで優位だった独軍がソ連軍に敗れた理由を解析していました。
その理由というのは、
①ヒットラーがカフカス油田地帯とスターリングラードの二正面作戦をとった戦略の誤り ②ソ連側がスターリン、ジューコフ、参謀長ワシレフスキー三者のみの極秘作戦の下、戦略的持久戦で持ちこたえた後、逆包囲網を取った事が挙げられていました。
特に独軍の得意とする空軍と機甲師団が連携した電撃戦を、ソ連軍が大瓦礫の市街を利用して食い止め、接近戦で膠着状態に持って行った事が大きかったと有り、認識を新たにしました。


そういう訳で最近スターリングラード作戦に関心が高かったので、本作品を観てみました。最近のロシア映画です。
しかし、ここで描かれていたのは、南部方面に進行する独軍と防衛するソ連軍の戦い いわゆる「独軍のブラウ(青)作戦」で、スターリングラードそのものや激烈な戦闘場面は出てきません。日本語題名の看板に偽りありの作品でした。

 しかし、丁寧に作られたヒューマンドラマであったため、途中から熱心に観て面白くもありました。


 物語は、1942年夏のソ連南部。大平原を白馬に乗った若き通信連絡中尉オルガコフ(ユーリー・ボリソフ)は二名と別れて参謀本部への伝令の途に就く。途中、前線でドイツ軍の猛攻に巻き込まれ、任務を遂行できなかった事を理由に軍法会議にかけられ、理不尽にも死刑宣告を受け監禁される。しかし司令本部の承認が無いと死刑執行は出来ない規則になっていた。
兵卒ズラバエブ(アミール・アブディカロフ)が監視の任務にあたるが、独軍の攻撃でソ連軍の前線は崩壊し、混乱の中、ズラバエブがオガルコフを引きずり出して、司令部へ歩いて護送していくこととした。
オルガコフはインテリで22歳、20歳のモンゴル系の顔立ちのズラバエブは字も書けないが愚直に軍務を遂行しようとする。
この若者二人の苦難に満ちた旅を通じて、心の交流、無言の友情が生まれてくる物語です。

 映画を通じて感じさせられたのは、次の点です。
オガルコフは逃げようとすれば可能なのに粛々と護送に従い、銃殺寸前まで行ってしまう戦争の怖さや不条理さ、および兵士は旧式の武器や破れた靴に象徴される兵装で戦わされる戦争の不合理さです。
しかし、映画には“塞翁が馬”のような展開が用意してあり、主人公の運命が二転三転する意外さで救われる気にもなりました。

 広大なロシアの平原が感じられ、戦争の中の人間が良く描かれている佳作だと思いました。



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3度の埋葬

等身大の人々を描くことで大切なことが伝わってくる


採点 ★★★★

 以前評判を聞いて観たいと思っていた作品です。レンタルビデオ屋のコーナーで見つけて借りて観ました。
題名がおどろおどろしいので、ペキンパー監督の『ガルシアの首』のバイオレンス・タッチかなと予測していましたが、派手なガンファイトや猟奇的なテイストも無く、心に沁みる穏やかな話で良い意味で予想を裏切られました。

10年前の作品ですが、トランプ大統領が煽るメキシコ国境問題を静かに語っており、今日的なテーマで感心しました。
トミー・リー・ジョーンズ監督は、「川を挟んだ国境のこちら側と向こう側は、ある面においては何も変わらない。だが違う面もあり、そこから規制が生じている。そういった社会の状況を典型的な語りの手法で伝えたかった」と述べています。
両国の普通な人々の姿を等身大で描いているところが凄いなと思いました。

 現代のテキサス州国境地帯が舞台。国境警備隊に新たに入った若者マイク(バリー・ペッパー)が、不法入国者でカーボーイとして働いているメキシコ人メルキアデス・エストラーダを誤って射殺し、人目が無いのを幸いと荒野に埋める。
 ハンター二人組が野生のジャッカルを撃ち、掘り返した死体を見つけて事件が発覚する。身元が判明し、同僚カーボーイ ピート(トミー・リー・ジョーンズ)は真相を探り、地元警察にマイクの逮捕を訴えるが、警察は動こうとしない。
 ピートは、生前メルキアデスと交わした「俺が死んだら故郷のヒメネスに埋めてほしい」との約束を果たそうとする。
ピートは、射殺犯のマイクを拉致し、埋葬された遺体を掘り起こさせる。そして、マイクと遺体を連れて、馬とラバでメキシコに旅立つ。

 ここまでは、描写が時系列的ではなくパズルのピースように行ったり来たりして、全体像が分かる様に出来ており、巧みな構成です。

 地元警察と国境警備隊に追われながら、断崖絶壁のアラリド峡谷や砂漠越えの過酷な旅を続ける。手錠を嵌められたマイクは、途中何度も逃走を試みるのだが‥。
苦労の末、メキシコの辿り着いた村で、ヒメネスという土地も彼の妻も家族も存在しないと聞かされ、ピートは当惑する。
「ヒメネスは2つの丘の間にある物すごく美しいところだ。空気が澄み切っていて山々を抱ける気がする」とメルキアデスが生前語っていた地を、二人は探し廃屋を整え、マイクの心からの懺悔を受け入れて、メルキアデスの三度目の埋葬を執り行う。
その後、ピートはマイクに馬を与え、「自由に好きなところに行っていい」と伝え、去って行くのでした。

 感心したのは、次の二点です。
①人間成長の物語
 この映画は、初老の主人公ピートの話に見えますが、彼の内面はさほど描かれていません。むしろよく見ると、犯罪を犯した若者マイクの成長の物語になっています。
自分本位で他者を思いやることも気付かない青年、メキシコからの不法潜入者を手加減せずに殴り倒し怪我をさせても平気で、自分の奥さんとも温かな信頼関係を築けない未熟な男が、苦難の旅を通じて、朴訥な主人公が亡くなった友に献身的に尽くす姿や周りの人が示してくれる暖かさに触れ、意識は拉致被害者から加害者として罪を詫びるように変わっていく。
ラストシーンで、「悪かった、許してくれ」と懺悔するマイクに、ピートは全てを許して「息子よ」と囁きます。
立ち去るピートに対して、マイクは「一人で大丈夫か」と初めて他者を思いやる言葉を掛けます。ここにはグッときました。

②存在感のある等身大の人々
 映画には、この3人以外にもピートの愛人のカフェの中年女性、警察署長、旅先
で世話になる盲目の老人と、存在感のクッキリした、充たされず空虚さを抱いている普通の人々が描かれている。
またメキシコ側でも、困った人が居れば手を差し伸べてくれる人々がいる。決して誇張したモンスターがいる世界ではないことを静かに示している。

 トミー・リー・ジョーンズの初監督作品であるが、訴えかけたい事がストレートに伝わってくる良い作品でした。

 皆様にも是非お勧めしたいと思います。


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新年おめでとうございます。

 正月三ケ日は穏やかな日差しを受け、のんびり過ごしました。このように平穏な日々が一年続くことを願っております。
 新年の決意は、英語ではnew year’s resolutionと言うそうです。昔、英会話教室で話題に出て、キーボードを10本指で打てるようになるとか、ゴルフで100を切るとか実用的な願望を述べていました。
 今年の私の決意は、①ウォーキング6,000歩/日、 ②英文の音読20分/日です。
老化防止に役立てればと思いついたもので、後者のテキストは比較的易しいVOA newsから採ろうとしています。

最近は、新作の映画を観る頻度が減ってきました。代わりに昔の作品、今井正監督とかを見直し、新たに気付くことが増えています。和田誠氏のように観るのは旧作のみで新作はナシというのも一つの見識ですが、そこまでは徹底出来そうもありません。
2018年に観た私の映画のベスト3は、“ものがたり”の奥行きの深さに魅了された作品群です。


一位 『婚約者の友人』 フランソワ・オゾン監督
婚約者の友人

第一次大戦後のドイツ、婚約者を失った女性、老親のもとにフランス人青年が訪ねてきます。謎めいた青年は彼らに希望をもたらすのですが‥。
静かな佇まいの中で、こちらの予想を超えた次々と起こるドラマに引き込まれました。豊かなロマンの香りがする名作だと思います。


二位 『アイ・トーニャ 史上最大のスキャンダル』 グレイグ・ガレスピー監督
トーニャ


冬季オリンピック フィギュア・スケートの美しさ、華やかさと選手や取り巻く人々の猥雑さとの対比が鮮やかで、強い印象を受けました。
主人公トーニャ・ハーディングは犯罪者なのですが、踏まれても踏まれても立ち上がってくる雑草のような逞しさを見せ、思わず応援したくなる思いに駆られました。
アメリカが持つ強靭なバイタリティを見せつけられた感じです。


三位 『夏の嵐』(1954) ルキノ・ヴィスコンティ監督
夏の嵐

 「恋愛は好意的な誤解である」と言ったのは小説家福永武彦です。侯爵夫人がオーストリア軍青年将校に熱を上げる程に、この皮肉な名言が思い出されました。
30年ぶりに再見しましたが、古びていないどころか、女主人公の激しさ、舞台ベェネツィアの薄汚さ、ブルックナー交響曲七番の意表を突く使い方に深く感じ入りました。
(ワーグナーの死を悼んで作った厳粛な音楽の中に、煽情的な官能性を見出すとは!! 何という慧眼だろう)  それから監督の劇場、それもオペラを意識した作り方も良く解りました。
 続けて観た『地獄に落ちた勇者ども』、『ベニスに死す』も昔観たときよりも、感銘が深かったです。


皆様、訪問していただき有難うございます。
今年もよろしくお願いいたします。

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終着駅

人間に対する温かな眼差しが感じられる


採点 ★★★★

 地元の老人会で上映会をやるというので観に行きました。(ふれあいシネマサークル研究会~輝きシネマ劇場、無料) DVDをEPSONプロジェクターで映写するという簡素なものでしたが、途中休憩とコーヒーサービスを挟んであり、大変楽しめました。
主催された皆さん、有難うございました。
本作品は、DVDも持っているのですが、初めのところで挫折して観ていませんでした。

 ローマ テルミニ駅を舞台に、ジェニファー・ジョーンズとモンゴメリー・クリフトの恋の別れを丁寧に描いた恋愛映画です。
アメリカから旅行で来た夫も娘もいる主婦が、イタリア人青年と恋に落ち、別れる訳ですが、映画的には意欲的な構成と描写があり、最後まで見飽きませんでした。

 物語は、メアリー(ジェニファー・ジョーンズ)がジョヴァンニ(モンゴメリー・クリフト)のアパートを訪ねるものの、呼鈴を押すことなく駅へバスで向かう姿から始まります。駅でミラノ経由、パリ行きの列車が7時に出ることを知り、身の回りの品を持って来てもらおうと、姉の甥っ子に頼む。
 電報受付係でジョヴァンニに「急に去ることになった。いつもあなたを愛している」と打とうとするが、急に気が変わりホームに向かう。途中、売店で娘の洋服を買い、混雑している列車に乗り込む。
 列車が出発しようとする時、青年が駆けつけ、メアリーは列車を降りてしまう。
そこに甥っ子ポールがコートとスーツケースを届けにやってくる。
 ここから、二人の恋愛感情が濃密に浮かび上がって描かれていく。


 感心したのは、次の三点です。
①別れだけの恋愛映画 
 恋愛映画といえば、普通、男女の出会いがあり、恋に落ち、幸福の絶頂を経て、悲しい別れに至る経過が描かれるパターンが多く、デヴィット・リーン監督の『逢引き』などが典型的なものです。ところが、本作品は、前段、中段も飛ばして、男女の別れだけを描いているので、特異な印象です。過去の回想シーンなども一切描かれません。
しかし、演出に力があり、ヒロインが家族のもとに戻るか恋人に飛び込むかの感情の振れを上手に描くことにより観客を惹きつけていきます。

②時間の経過
 この映画は、夕刻の6時40分頃から8時30分過ぎまでをリアルタイムで描いて、つまり映画の進行と実際の時間の経過が同じに設定して作ってあります。
従って観る側も、時計の文字盤が出る度に、乗車までの時間を意識させられ、ハプニングが起こった時は、乗り遅れるのではないかとか、ハラハラさせられる巧みな演出でした。

③駅構内の多彩な人々
 駅構内で、ヒロインの眼に次々と入っていく人々が、多彩で生き生きと描かれている点が素晴らしい。
公衆電話口の好色そうな男、牧師の一団、老夫婦、修学旅行中なのか聾唖学校の生徒達、休憩所で具合が悪くなった炭鉱夫の奥さんと子供たち、警察署長、挙句の果てに大統領の来所まで描写され、目が離せなかった。
これらの描写には温かな情感が行き渡っており、監督の確かな手腕と脚本、カメラワークの見事さに感服した。


 本作品は、新駅、今見ても広大なモダン建築、の落成記念も兼ねて作られたそうである。大プロデューサー デヴィッド・O・セルズニック、(「風と共に去りぬ」、「レベッカ」等)がハリウッド俳優を使い、巨匠監督で一大メロドラマを作ろうとしたが、成功したのだろうか。

 私見では、セルズニックの思惑を超えて、つまり通俗に堕さずに、ヴットリオ・デ・シーカ監督の人間に対する温かな眼差しが発揮された作品に思えた。

 男優のモンゴメリー・クリフトは、熱情のイタリア人というよりはアメリカ人に見えて、二世という設定ではあるが、アメリカ人同士の恋愛に感じられて残念であった。
 セルズニックの奥さんのジェニファー・ジョーンズは、「慕情」では綺麗な人の印象でしたが、本作では、激しい情熱とそれを抑えなければならない苦しみの間に揺れる女心を良く表現する大熱演で感心しました。
 尚、甥っ子役が、8年後「ウエストサイド物語」で主役トニーを演じることになるリチャード・ベイマーだったとは驚きでした。

皆様にも是非お勧めしたいと思います。


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婚約者の友人

静かながら波乱に満ちた物語に魅了された


採点 ★★★★★

 久しぶりに映画らしい作品に巡り合い、胸がときめきました。昔、映画館でヨーロッパのモノクロ映画、例えばトリフォーの作品を観ていたような感じです。
 恋愛を軸にしたミステリー仕立てで、落ち着いた佇まいの中で静かに物語が展開し、次第に女主人公に肩入れし、ハラハラしている自分を感じました。
加えて、甘く切ない音楽、モノクロ画面から時折、カラーに切り替わる鮮やかさにも魅了されました。 

 1919年、第一次世界大戦後の敗北したドイツ中央部の田舎町 クヴェートリンブルグ(Quedlinburg)が舞台。ライプツィッヒ北西のザクセン=アンハルト州です。
男たちは、ドイツの再興を目指し小さな集会を開いています。

 24歳のフランツは、フランス戦線で命を落とし、彼の婚約者だったアンナ、診療所をいとなむ彼の両親ハンスとマグダも悲しみから立ち直っていません。
ある日、アンナはフランツの墓に薔薇の花が手向けられているのに気付きます。彼女は、宿泊先のホテルを訪ね、アドリアン・リヴォワールという名のフランス人青年である事を知り、家に招きます。

 アドリアンの来訪は、フランツの友人かも知れないと思うアンナとマグダを喜ばせます。一方、父親のハンスは交流を拒絶します。
二回目の来訪で更に打ち解けてきますが、この青年は何か隠していると観客にも思わせます。私には、この端正だが線の細い弱々しい姿から、親友というより同性愛者と思ったのですが。
 アンナはアドリアンと親密に交流し好意を寄せますが、アドリアンは苦悩の末、彼女に真実を告白して、フランスに戻っていきます。
真相を知らされないハンスとマグダは、アンナに彼を探すよう勧め、彼女はパリに向け旅立つが…。

 こちらの想像を次々に裏切るストーリーで、感情移入して観ると意外性が小気味いい感じです。
ラストで主人公がアドリアンが語っていたマネの絵を見つめ、『この絵が好きよ。生きる希望が湧くの』と語る場面は、彼女が自殺するのではと心配していたのですが、アンナが暗い感情から抜け出し、未来に向け一歩踏み出したようで爽やかでした。


 映画で感心したのは、
①穏やかな雰囲気
 俳優陣が良いですね。アンナの義母を演じるマリエ・グルーパーは、相手を思いやる細やかな心遣いが伝わってきて、根っからの善人を示しています。
義父ハンス役のエルンスト・グルーバーも厳格さの中にも自分の至らなさ、脆さを表現して好演です。
訪ねたパリの墓地でアンナが出会うアドリアンの親戚、シャーロット・ランプリング似の女性も一瞬だが、眼の表情が“Good Luck”と言っている様で印象的でした。

 音楽は、ショパンの「ノクターン20番嬰ハ短調 遺作」がピアノからヴァイオリン曲に編曲され効果的に使われています。フランツの遺品のヴァイオリンを弾いてほしいと頼まれアドリアンが弾くシーンは、甘さと悲しみを湛え、こんなに美しい曲だったんだと感じいりました。

②戦争の愚かさ
 戦死したフランツは、フランス語に流暢で、ベルレーヌの詩を朗読する程です。そして、「ドイツとフランスは、お互いの言語を学ぶが、それが殺し合いをしている」と嘆きます。
 義父ハンスは、息子に出征を勧めた事を後悔し、「子供を戦地に送り出したのは、我々ではないのか。敵方の若者が大勢死んで祝杯をあげるのは、もう沢山だ。」と反仏の集会をしている父親世代の人々に説きます。
自分が父親世代なので、この嘆き、戦争の愚かさは良く伝わりました。


 本作品は、田舎町で慣習に抑圧されていた女性が、自ら外の世界に踏み出し、自分の世界を取り戻していく物語にも思えました。
そして、カラー画面に切り替わるところは、アンナがささやかでも希望を抱く場面で印象的でした。


皆様にも是非お勧めしたいと思います。



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プロフィール
映画、クラシック音楽、料理、ゴルフが好きな中高年男です。 家猫1匹、外ネコ3匹に遊んでもらっています。

ボクダノビッチ

Author:ボクダノビッチ
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