FC2ブログ
ウ゜ィスコンティ

“オペラを思わせる厳格さと高揚感、自由なイメージの奔流”作風は違えど、映画を心から愛していた


NHK BS1放送の「ライバルたちが時代をつくった」シリーズの一巻である。イタリア映画監督で巨匠と呼ばれた二人のライバル関係に焦点を集めて描いてあり興味深かった。2014仏製作

彼らの後半の作品は、高校生の頃からスクリーンでリアルタイムで観て来て関心もあり、二人の人となりや映画に対する新たな視点にも気付かされる所があり面白かった。
フェリーニの『道』は、気持ちが沈んだ時に観ると激しく心を揺さぶられる映画でリアリズム色が強いと思っていた。
今回、ジュリエッタ・マシーナとフェリーニを写した当時のカラー写真、赤の背景にマシーナの白の厚塗りピエロ姿、を見てハッとした。作り物の世界が現れていたのである。

ルキノ・ヴィスコンティ(1906~76)とフェデリコ・フェリーニ(1920~93)は、ヴィスコンティがフェリーニより14歳年上だが、ほぼ同時期に活躍し、共にローマのチネチッタ撮影所で映画製作を行った。
共産党員で大貴族末裔、赤い貴族(伯爵)と呼ばれたヴィスコンティに対して、中産階級出のフェリーニは、夫々ジャン・ルノワール、ロベルト・ロッセリーニという大監督に付いてキャリアをスタートさせている。

放送を通じて気付かされたのは、以下の点である。

1. 話題作、代表作をほぼ同時期に発表し、競い合う。
イタリアに暮らしていれば判っただろうが、二人が代表作を同時期に発表し、スキャンダラスに扱われ、ライバル心を燃え上がらせていたとは気付かなかった。

 1954年『夏の嵐』VS 『道』
 1960年『若者のすべて』VS 『甘い生活』
 1963年『山猫』VS 『81/2』
 1969年『地獄に落ちた勇者ども』VS 『サテリコン』
 等々作風は違うが、名作揃いですね。

フェリーニの『道』によるベネチア映画祭受賞、『甘い生活』での社会的大評判は、ヴィスコンティの競争心を激しく煽ったようだ。
1963年の『山猫』でカンヌ映画祭パルムドール賞、『81/2』でアカデミー外国映画賞と、二人は賞を分け合い巨匠の道を歩んで行く。
ヴィスコンティは、「『81/2』のパーティに向かう場面は「使用人が御主人様を見る目線ダヨ」と皮肉り、フェリーニは「ヴィスコンティは、傲慢で冷酷な人間だ」と挿絵を描いて非難している。

二人は、互いに敬意も持っていたが、取り巻き達の反目もあり、長い対立が続いていた。1970年になって漸くイタリア スポレート芸術祭で和解に至る。

二人が自分のスタイルを深化させ名作を産み出していったのは、ライバルの存在が大きかったからだと感じさせられた。

2. スタッフ、俳優が共通
撮影監督ジュゼッペ・ルトゥノ、脚本家、音楽ニーノ・ロータ等はヴィスコンティに付いていたが、後にフェリーニ側にも参加している。
大俳優に育て上げられたマルチェロ・マストロヤンニ、クラウディオ・カルディナーレも両方の作品に出演している。
カルディナーレも驚くほど老けましたね。抜擢された『若者のすべて』では、監督がカメラにずっと赤いカーネーションを付けていて、「これはカルメンの物語である」と教えてくれたとある。その視点は確かに腑に落ちますね。

3. 作風の違い
ヴィスコンティ作品を最初に観たのは、「今日、ママンが死んだ」とムルソー(マルチェロ・マストロヤンニ)の語りで始まる『異邦人』(1967)である。アルジェの青と白の世界で殺人に巻き込まれ、裁判でギロチンに処せられるまでを淡々と描いて、不条理劇としてのインパクトは少なかったが、時の流れの流麗さや美しさが印象に残った。

その後、『夏の嵐』、『地獄に落ちた勇者ども』、『ベニスに死す』(1971)を観て、オペラと感じさせる重厚な作風と同時に音楽の使い方に大変感服した。
『夏の嵐』でアリダ・ヴァリ演じる伯爵夫人が恋人の青年将校と夜の石畳を歩く時に流れるブルックナー交響曲第7番第二楽章の深々とした響き、『ベニスに死す』で主人公アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)がベニスに着き運河を下る時、マーラー交響曲第5番アダージョが明るく穏やかに響き渡り、主人公の晴れ晴れとした気分を示す所など忘れられない。
『山猫』では、ニーノ・ロータに私蔵のヴェルディの未発表楽譜を渡し、これを基に舞踏会の堂々としたワルツを作曲させている。
欧州の劇場でオペラ演出家としても活躍し、音楽への造詣と愛情が深い人である。

『地獄に落ちた勇者ども』は、大学映研で自主上映した作品で思い出深い。ナチスの退廃、冷酷さ、白痴美、実業界の狡猾さがこれでもかと言う位叩きつけてあり、監督の憎しみが迸っていた。ワーグナーを思わせるダークオペラ風で関心したのを憶えている。

作品は、すべてのものが命を持たなければならないと衣装、小道具に至るまで本物に拘り、脚本家には自分の主張を強く盛り込み批評を受ける様求め、重厚な劇を作り上げてきた。晩年の作は、内省的で深みが増していると思う。


フェリーニ作品を観たのは、『サテリコン』が最初である。高校生に古代ローマの悪徳・デカダンスが判るハズもなく、見世物の様に世界がめくるめく展開するのを唖然と眺めたが、愛、友情、裏切りが交錯する自分探しの旅には惹かれた。
『フェリーニのローマ』、『アマルコルド』、『オーケストラ・リハーサル』、『カサノバ』
等々、リアリズム+ファンタジーの世界で、ハリボテやビニールシートの海など嘘の世界を多用しても、鮮やかな色彩で詩情が伝わり、こちらの想像を遥かに超えていた。
熱狂のカオスが収束し、残された人々はこれからも生き続けるという点は、『青春群像』(1953)以来続く骨太のメッセージと思う。
知らなかったが、フェリーニは映画に自我を投影した最初の監督だそうだ。

二人は製作方法も対称的だったとカルディナーレが述べている。
ヴィスコンティは、机について台本の読み合わせから始め、私語も許さず厳格でまるで学校の教室の様だったとある。一方、フェリーニは撮影現場では脚本も変わり、それが無い状態で皆が右往左往していたとある。

晩年、メッセージを請われて次のように答えている。
ヴィスコンティ「墓銘碑には、私は腕利きの職人で勤勉だったと記して欲しい」
フェリーニ  「いい映画を作りなさい」

二人とも心の底から映画を愛する共通点があった。

line
開高健

「第一夜 巨大オヒョウを食らう~アラスカ・ベーリング海~」

大好きな作家 開高健(1930-1989)の辺境釣り紀行の放送がNHK-BS放送であり、懐かしくて観てしまった。

「海よ、巨大な怪物よ オーパ、オーパ! アラスカ編」(集英社1983)に詳しいが、開高氏がベーリング海で巨大オヒョウ釣りに挑み、30年を経て、当時料理人として同行した谷口博之氏がアラスカ沖のセント・ジョージ島を再訪して、当時の思い出を語るという番組である。
当時の写真や現地の人々の様子も交え、描いている。更に嬉しい事に谷口氏は30日間にわたる島での生活で当時の会話を録音しており、その膨大なカセットテープから開高先生の肉声が聞けるという思わぬ楽しみもあった。

冒頭、旅に出る動機が語られる。曰く「男が熱中するもの、それは危機と遊びである。負けが込んだジリジリした博打でも、事業でも男は情熱を傾けるものが有れば、活き活きと勤しむ。男は情熱的な生き物である。」
開高氏は、躁と鬱の振幅が大きい人ではなかったかと思う。一言一句書く事を疎かにしないというか、厳しく処する事を自分に課しており、書斎とベッドを往復する日常に倦むと、文明の果ての自然の中で自分を開放したいと強烈に夢想したのであろう。

オヒョウ(英名ハリバット)は、巨大ヒラメで大きい物は400kg、ダブルベットサイズのものもあるという。ベーリング海は、昆布が60cm/日も成長すると言われ、生物にとって豊穣な海なのである。
霧と氷雨と黒い雲に閉ざされた島で果敢にオヒョウ釣りに挑み、遂にバーンドア(納屋のドア)サイズの巨大オヒョウを釣り上げる事に成功する。
当日は悪天候で海も荒れ、漁師は漁に出る事を止めるよう忠告したが、小さなボートに乗って果敢に挑戦して成し遂げる。友人の1人が、彼のdetermination(決断力)の結果だとしみじみ語っていたが、危険を犯した人だけが得る美しい果実のようだ。

谷口氏は、辻静雄料理学校から派遣された当時29歳の若き料理人である。実直な人柄で、料理を通じて開高先生に尽くし、【谷口教授】という渾名を拝命する。
釣上げたオヒョウは、姿作りから、兜煮、他と想定されるあらゆる調理、何と34種類を試みたそうである。

開高氏は、料理が美味な時は、「いけるで!これはいける!!」と早いレスポンスで料理の味を評価し、逆に不味い時は、何も言わないか、「あかん、北新地にこんなスカスカのオバハンおるで!」とユーモアを交えて評する。料理人へ何より励ましとなったであろう。
意気投合した【谷口教授】に「心に通ずる道は胃を通る」との気の利いた箴言をエプロンに書いて贈っている。真心のこもった料理が一番との思いがジワッと伝わってきて中々良かった。
文字も、例の独特なカナ釘流マンガ文字で懐かしい。

同じ物を食べ尽くさずにはいられないという開高氏の貪欲な食への執着の姿も描かれている。400人前のオヒョウの刺身、蟹、雲丹等々と次々に平らげる様子が出てくる。
多感な少年時代、戦争で飢えに苦しみ、蒸かし芋を前にすると、肉親でさえ人が人を食らうのだと、人の内面の悲しさを見抜いている。食欲の根源的な圧倒的な力に捻じ伏せられ、食べる事がトラウマになっていたのであろう。

当時、交流した人々が出てくる。ガイドのトム・ルーター氏、日本語ペラペラで日本人に近いメンタリティを持っている、大男の大工インノ・レステンコ氏、村の取り纏め役で開高氏と親密な飲み友達になっている。
皆が言うのは、彼は偉ぶらずに同じ目線で相手の中に入って行き、祖先のことや鳥獣虫魚や村のことを暖かく知り尽くそうという姿勢である。
それにしても交流した人々に強烈な思い出を残し、懐かしがられるというのは、人間として大きなキャラクターを持っていたからだと思う。

彼の知性の利いた人懐っこいユーモラスな大阪弁を久しぶりに聞いて、多くの人の中に自然に入って行く術に今更ながら感嘆し、マダマダ開高健のいろんなものを見聞きしたいと思う。

80年代後半であったか、彼がTV番組で「現代は、もはや魚釣りの時代ではない。Catch & Release の時代だ」とカッコ良く宣言した事があり、当時 私も海釣りを熱心にやっており、釣りは、根源的に太昔の猟師の感覚ではないかと感じてたので、反発を覚えた事がある。
その後、地球環境保全活動が盛んになる連れ、彼の先見性は当を得ていたのカナと思いいたる。

何はともあれ、私にとっては、懐かしい人に再会した至福の1時間半で、彼の作品を猛烈に読み返したくなりました。
line
line

line
カレンダー
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
line
プロフィール
映画、クラシック音楽、料理、ゴルフが好きな中高年男です。 家猫1匹、外ネコ3匹に遊んでもらっています。

ボクダノビッチ

Author:ボクダノビッチ
FC2ブログへようこそ!

line
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

line
最新記事
line
来訪者数
line
最新コメント
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
sub_line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
メールはこちらから
ご意見・ご感想をお待ちしております。

名前:
メール:
件名:
本文:

line
QRコード
QR
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line