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映画「軍旗はためく下に」(1972)

軍旗はためく下に

あいまいな日本人に対する苛烈な問い

過去映画を観て、DVD化して欲しい作品が個人的に幾つかある。『日本の青春』、『いのちぼうにふろう』、『私が棄てた女』、『ああ野麦峠』 これは最近発売された 等々。 本作もその一つで政治や版権が絡んだものは日の目を見ていない。これは、大変残念である。
『軍旗はためく下に』は封切り時に映画館で観て、もう一度観たいと切に願っていた。
今回、ケーブルTV(日本映画専門チャンネル)で再見する事が出来、登場人物らの心情がヒタヒタとリアルに胸に迫って前回以上に感銘が深かった。


昭和46年夏、富樫勝男元陸軍軍曹(丹波哲郎)の未亡人サキエ(左幸子)が厚生省を訪ねるところから始まる。応対する援護局課長(山本耕一)との遣り取りで、富樫軍曹の死亡理由は昭和二十年八月南太平洋最前線ニューギニア島で敵前逃亡により処刑されたことが観客に明かされる。この理由で戦没者遺族年金は支給されていない。しかし、サキエは、敵前逃亡の事実や処刑を裏付ける証拠、軍法会議の判決文は何もない事より、不当だと訴えてきた。これまで不服申立書を二十通近く出してきたが、悉く却下されていた。
彼女の執拗な訴えの中で、部隊の生存者のうち、厚生省照会に返事を寄越さなかった者が四人いた事を教えてもらう。サキエは、真実を知るため、彼等を訪ねて廻る。

彼らの現在の姿とその物語る戦時の様子が、くすんだ映像で描かれ、戦場の悲惨な姿と真実が、まるで推理小説のように少しずつベールを剥がされ明らかにされていく。
映画『羅生門』の様に各人の語ることが食い違う中、循環形式で事実に近づいて行く。

四人が語るところとは… (ネタバレがあります)
◆寺島継夫上等兵(三谷昇)
世捨て人となり、朝鮮人部落と語られる東京のゴミ埋立地で豚を飼っている。彼が語る富樫軍曹は、最前線で判断に優れ、新任の学徒隊長の突撃命令も無駄死にだと無視し、皆を引っ張って生き延びらせた人物である。終戦間際の総攻撃時にマラリアで動けない自分を救ってくれた命の恩人だ。富樫軍曹は、敵陣に勇敢に切込んで戦死したと思う。

◆秋葉友孝陸軍伍長(関武史/ラッキー7)
漫才師。楽屋で話を聞く。戦場では勇ましい総攻撃も切り込みもなかった。食べるものは何もなく、動くものは何でも食べ飢えとの戦いの悲惨なものだった。イモ泥棒があり、逃げて射殺された者の中に軍曹の階級の者がいたと伝える。

◆越智信行憲兵軍曹(市川祥之助)
戦後バクダンと呼ばれる闇酒で失明したマッサージ師。仲居をしている妻(中原早苗)は浮気しているとサキエに告げ口をする。塩と交換に肉を持参した軍曹がおり、戦友を殺して食べたことが判り処刑された。

◆大橋忠彦陸軍少尉(内藤武敏)
 古文を教える高校教師。学徒動員された真面目だが傍観的な将校。戦後の血のメーデー事件、再軍備、60年安保運動、三島事件、学生運動と戦後の動きが描かれる中、サキエに「私の青春は何だったのか、私に人を教える資格があるならば、戦争の悲惨さをどう伝えるかだったはずだが」と傍観者である自分が許せず自問する。
「結局は何も出来なかった。A級戦犯が総理大臣になっているのに、下っ端の人間が浮かばれないのは今も同じだ。あの島で死んでいった人間は皆同じです。差別することは出来ない。皆、同じ戦死です。」と彼女に語る。
戦時中の二つの事件が述べられる。不時着した米軍パイロットの処刑事件、これを率先して行った後藤小隊長が、その後、ヒステリックになって行き、5名の部下による上官殺しに繋がる。この5名は部隊で処刑されたと。
上官の千田参謀少佐は米軍事件への関与を闇に葬り、戦犯に問われず東南アジア開発公団の役員に収まっている事に憤る。

◆千田武雄陸軍師団参謀少佐(中村翫右衛門)
孫娘連れで公園でサキエの詰問に反論し恥じるところがない。富樫軍曹は刑法に則り、上官殺害と敵前党与逃亡(仲間と逃亡)罪で処刑した。問題は無かった。終戦後にも関わらず処刑は見せしめだったが、部隊の秩序を守らなければならなかった。米兵殺害は後藤少佐の単独行為で与り知らぬと詭弁を弄す。
話の中で処刑されたのは、3名で寺島上等兵の自白に基づく事が明らかにされる。

驚いたサキエは、再び寺島上等兵の家に戻り詰問して、上官殺害の真相と越智軍曹も関わっていた処刑の実態が明らかになって行く。

映画を観て強く感じたのは
◆◇工夫を凝らした映像◇◆
戦闘シーンは少なく、代わりにおびただしい数の太平洋戦争の写真がナレーションと共に映される。多くは痩せ細った戦死者の姿で、作り物でない現実感の伴う重い感情を産み出している。
またカラー映像とモノクロ映像を過去と現在という風に使い分け、主人公の心象も巧みに反映してある。
例えば戦没者慰霊祭の天皇陛下献花は、冒頭ではカラーで映され、主人公も花を手向けられる側になりたいと望んでいるようであるが、最後の献花式典は白黒に変わり、サキエの独白も「国が勝手に始めた戦争なのに、後始末はオラ達にやらせている。陛下に花をあげて貰うわけにはいかない」と昂然と言い放ち、戦争責任の問題を我々に突き付けている。
傾いた画面は主人公の不安な心を表出し、手持ちカメラによる移動撮影、スローモーション、ストップモーションを多用した米兵処刑や上官殺害シーンは、息を飲む異様な迫力である。
これらの撮影手法は、『仁義なき戦い』(1973)に繋がっている。


◆◇戦争と責任者に対する戦中派の憤り◇◆
深作欣二監督は昭和五年生まれで、終戦時は十五歳と多感な時期である。戦中派の同世代に野坂昭如、浦山桐郎、石堂俊朗らがいる。
本作は、彼の戦争と戦争責任者に対する激しい憤怒が満ち満ちている作品である。最後の映像にあるように、日本人で三百十万人もの戦死者を出しながら、だれも責任を取ろうとしない指導者に激しい怒りをぶつけている。
「死者が生者を動かす」という言葉の通り、死者の無念な思いがサキエを激しく突き動かしている。千田少佐がサキエに『忘れることだ』と語るとき、我々も下っ端の人間だけが犠牲となり、上が責任を取らない戦争というのは何なのだ、絶対許せないとの思いで一杯になった。
また戦争の暴力と残虐性、非条理、人間の弱さをショッキングな映像を交えて容赦なく描いている。

◆◇引き立つ登場人物たち◇◆
富樫を演じた丹波哲郎は男らしい毅然とした軍曹役で好演である。海岸砂浜での処刑のシーンは忘れていたが、思わず心を揺さぶられた。 
靴を脱いで正座し、日本に向かって礼をした後、富樫が「堺、小針、手を貸せ。俺たちは駆り出される時も一緒なら、死ぬ時も一緒だ。天皇陛下…」と肩を組んだまま撃たれ倒れる。
サキエ「万歳と言ったかね」寺島「そうは聞こえなかった。何か訴えかける、抗議する叫びだった。」
処刑前夜に米を食べさせろと言って、湯気の立つわずかなおじやを食べるところも時間をかけて映しており胸にジーンときた。

サキエを演じた左幸子は、懐かしい女優だ。顔の表情で気持ちが痛いほど伝わって来、芯の強い、戦後逞しく生き抜いた日本女性の典型像だと思った。

脇役の俳優たちも引き立っていて、主役たちと同じように印象的だった。過酷な戦争体験を経て、戦後 屈折した心で嘘をついて生き続ける姿が哀れである。
他の深作作品を観ても、高度成長に取り残された監督の悲哀が色濃く伺えるが、本作でも寺島に戦後の焼け野原では居心地が良かったが、復興するに連れ居場所が無くなったと語らせている。


本作品は深作欣二監督が結城昌治の直木賞受賞作に惚れ込み、映画化権を買取って、新藤兼人らと脚本を書き、左翼系の新星映画社に持ち込み映画化した。
深作監督の執念を強く感じる作品で、今観ても全く古びた感じがしない。1972年キネマ旬報第二位の名作で、DVDでの販売を望みたい。


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映画、クラシック音楽、料理、ゴルフが好きな中高年男です。 家猫1匹、外ネコ3匹に遊んでもらっています。

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