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映画「沈黙 サイレンス」(2017)

沈黙


信仰の問題を通じて日本的なものが見えてくる

 NHK BSでマーティン・スコセッシ監督の製作風景を見て、心惹かれたので隣町まで観に行った。雄大な風景の中に小さな人間が良く描かれていると感じた。
小生は基督教信者ではなくむしろ無宗教の立場だが、肉親の死を通じて、基督教とは何かを考えることもあり、遠藤周作の『イエスの生涯』、『キリストの誕生』等も読んでいた。
『沈黙』は、昔、篠田正浩監督作を封切り館で観た。当時、大学一年生であったが、良く解らなかったことを憶えている。その後、原作を読もうとしたり、松村禎三作のオペラを聴こうとしたが、信仰とは何かという重いテーマのせいか続かず中座したままであった。
 今回、CATV 日本映画専門チャンネルで篠田監督の『沈黙』(1971)も再観出来、遠藤周作の原作も読了したので、二つの映画の感想を書いてみたい。

 物語は、幕府のキリスト教弾圧が過酷を極めていた17世紀中ごろ、九州肥前が舞台である。日本で布教活動をしていたフェレイラ神父が捕えられ棄教したとの手紙がマカオのイエズス会に届けられる。弟子のロドリゴ神父とガルべ神父は、それを確かめるため、棄教した日本人キチジローの手引きで長崎に潜入する。
二人は、隠れキリシタンに匿われながら布教に尽くそうとするが、やがて密告され捕えられてしまう。ロドリゴ神父は、はげしい拷問に、己が信仰を貫くか、信徒を救うため棄教するかの二捨択一を迫られる。
既に転向した恩師フェレイラ神父との再会、論争を経て、生命をかけて信じていたものを捨て、踏絵に足をかけてしまう。

 ここには様々なテーマが描かれてくる。
①神は沈黙したままなのか
②弱者は基督教信者になりえないのか
③日本の風土に基督教は根付くのか、変質し異質なものに変わっていくのでは

これらについて、二つの映画で感じたことを書いてみたい。

「沈黙 サイレンス」(2017) マーティン・スコセッシ監督
 ロドリゴ神父は拷問の末、苦悩して転ぶ訳だが、色んな局面で心にキリストの顔を思い浮かべる。その顔は父なるものから微妙に変わってきて、踏絵の場面では母のように悲しげな眼差しで司祭を見つめ、初めて「踏むがいい」と優しく語りかける。

後日談の「切支丹屋敷役人日記」も描かれ、ロドリゴは、転向後、妻と岡田三右衛門の名を与えられ、江戸屋敷で屈辱と苦渋の長き日々を過ごした後、64歳で亡くなる。火葬の際、手の中に藁で作ったロザリオがあることが映され、彼が信仰を持ち続けていた事が示される。
映画では、原作通り、神は沈黙した訳ではなく、人が信じることにより人に寄り添っている事を穏やかに描いて良かったと思う。

 キチジローとロドリゴの二人の関係は、あざなえる縄のようで、キチジローに銀200枚で裏切られ捕えられたロドリゴは、彼を軽蔑、無視し続けるが、キチジローは「パードレ、コイヒサン(懺悔)をねがいます」とロドリゴから離れられない。
弱き故に転び裏切る姿はユダそのものだが、作者のまなざしはこのような弱き者でも赦されると温かく示している。
ロドリゴが踏絵を踏んで、彼もまたキチジローと同列の人間だったと立場が逆転した衝撃は、ここでは描かれておらず物足りなかった。
 転向という問題は、宗教信仰のみならず政治信条やイデオロギーを奉じたものに見られるが、心に深い傷を負わせることが良く解る映画だった。

 撮影は、雄大でクッキリと陰影に富み素晴らしい。マカオの僧院の二人を上空から映した場面や迫力のある水磔の場面は強い印象を受けた。
ただ荒波等の過酷な自然は、穏やかな日本の風景じゃないのではとの思いにも捉われた。撮影は台湾で行われたとのこと。

 俳優はロドリゴ神父役のアンドリュー・ガーフィールドとフェレイラ神父役のリーアム・ニーソンが重い役を上手に表現していて良かった。日本勢は塚本晋也、笈田ヨシが毅然とした役で好ましかったが、他の人は軽い感じを受けた。総じて外国人勢が優れていた。

 マーティン・スコセッシ監督は、目を背けたくなるようなギャング映画も作ってきた人だが、日本人が書いた物語をわれわれと同じように理解し、心を寄せてきたことにシンパシーを感じた。尚、音楽は殆ど気付かなかったことを記しておく。


「沈黙」(1971) 篠田正浩監督 
 概ね、ストーリーは新作と同じだが、ラストは原作と大きく変えてある。踏絵をしてしまったロドリゴが、やはり武士の夫の命を救うために思わず踏絵をしてしまった人妻(岩下志麻)の肉体に酔い痴れるストップ・モーションで、映画は終わる。
ここは、長襦袢の赤い色が鮮やかで、女犯し女色に溺れる神父の姿がショッキングであった。意図は不明だが、脚本に遠藤周作も名を連ねており、強い印象を受けたことを憶えている。

今回、観直してみて、日本人俳優は総じて達者で、外国人俳優は下手なのかタドタドシイ日本語で違和感たっぷりであった。
キチジロー役のマコ岩松(本作の共同プロデューサー)は、弱くて卑屈なところが良く出て美男子でないところも良かった。通辞役の戸浦六宏も朗々と喋り小役人的なところも良く出ていたが、印象深かったのは井上筑後上を演じた岡田英次である。
美男子で凛としている。切支丹からひどく恐れられた役だが、ロドリゴと基督教に関して論争する。フェレイラの告白とあわせて、ここで語られるのは日本の精神性と西欧に育った宗教の異質性の対比である。曰く、日本は沼地で基督教は育ったかにみえても根付かない、日本人が信じているのはデウスではなく、自己流に屈折させ変化させた大日である等々。篠田監督は、信仰と風土という深い課題を描きたかったんだなという事が今回観て良く解った。
尚、フェレイラ役の丹波哲郎は、怪演で得意の英語を朗々としゃべっているが、西欧人には見えずやや無理があった。

 音楽は、武満徹作曲で強い印象を受けた。リュートが聖歌を思わせる雅な旋律を奏していくが、突如ハープがそれを鋭く断ち切るように奏せられる。二つの響きの断絶が本作のテーマを表していた。


 二つの映画には、それぞれ美点があったが、遠藤周作の原作は基督教は大いなる愛であること、ロドリーゴの心が変わっていく様子を深く描いて、最も優れていると思う。繰り返し読むのに値する書なので、皆さんにもお勧めしたい。


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映画、クラシック音楽、料理、ゴルフが好きな中高年男です。 家猫1匹、外ネコ3匹に遊んでもらっています。

ボクダノビッチ

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