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映画「オーケストラ・リハーサル」(1978年)

オーケストラリハーサル

混沌から生まれる物語が妙に活き活きしている


イタリア映画の巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の後期の作品。彼の殆どの作品をカバーし名曲を提供してきた作曲家ニーノ・ロータと組んだ最後の作品となった。ロータは完成翌年に亡くなっている。ここで聴かれるギャロップの曲は彼の特徴が良く出て印象深い。
フェリーニの作品は、「サテリコン」、「ローマ」、「アマルコルド」、「カサノバ」辺りまでは、意表を突く映像の面白さで熱心に追いかけ、映画館でリアルタイムで観ていた。
それ以降は、特有の難解さについて行けないと感じていた事と田舎への転居も重なり、未見であった。今回、思うところがあり、DVDで「オーケストラ・リハーサル」を初めて観たので感想を書いてみたい。

TV局がイタリア・オーケストラのリハーサル風景を写しに来る話である。
13世紀に建てられた法王や司教の墓がある中世礼拝堂が舞台。楽譜をセットする老人は、音響効果の良いこの会場が自慢である。
インタビューでオケのメンバーが取り止め無い話や行動を次々に続け、イタリア人特有の人懐っこさ溢れた話っぷりがムンムンである。途中までは素人達の生出演かと騙されかけた。ところが、皆俳優が演じており、脚本もフェリーニが書いていたので、ビックリした。それ位、皆自然な演技である。

奏者達が楽器に対する愛を熱く語り、フェリーニ監督は、音楽に対する造詣が大変深いという事が判り、引きずり込まれていく。厳格そうなドイツ人指揮者が登場し、どなり辛辣な言葉を吐いて練習を進めていく。
20分の休憩を挟むとオケのメンバー達は指揮者への不満が爆発し、混沌状態に陥る。指揮者はどうやってオーケストラを建て直し、リハーサルを完成出来るのか? 唖然として観ていたが、物語は意外な事態が起こり、思わぬ展開をして行く。
上映時間が70分と短いながら、映画になりそうも無い題材を巨大な迫力に仕上げてくる監督の力技には感心した。

考えさせられた3点を書いてみる。
1. 楽器への愛
奏者が楽器の特徴、美点を愛情を込めて語っている。的確でこんな表現もあるのかと感心した。
①フルート嬢:人の声みたい。超自然の音色で獣さえ手なずけ、死者を蘇えさせる。陰と陽の魔法に使える楽器よ。(モーツァルトの魔笛を連想させる)

②トロンボーン氏:ユーモアもあり優しく叱るように響く楽器だ。ルネッサンス絵画で天使が吹いている創造主の声。「真冬の海岸で独りで聴くと最高だね」とトランペットと哀愁のメロデーを吹く。

③打楽器氏:ピアノやヴァイオリンのような派手な音とは合わない。コントラバスとはリズム楽器同士で相性が良い。イタリアはリズムを軽んじ、歌を重視するが、ナポリ人は違うんだよ。

④弦楽器 ヴァイオリン氏/嬢とチェロ氏の論争。両者は交響曲を組み立てる骨格だ。(なるほど) ヴァイオリンは女だね。女のように誘う。女のように裏切る。(あの女好きがとの声)
一方、ヴァイオリン嬢は、最も男性的だわ。力強く振動する極めて現代的な楽器だと発言。コンサートマスター氏は、ヴァイオリンは花形でオケの神様。指揮者のテンポが遅れても、適切な指示が出来なくてもヴァイオリンが気付いて調整する。オケを導くのは、我々で指揮者が握手するのは、私だと自信たっぷりである。
チェロは、哀愁を表す理想の友人、演奏者に忠実な生涯の伴侶となる楽器だと重厚な御意見。しかし人に支えられるヨボヨボの老人が出て来て、思わず大丈夫かなと頭をよぎる。

⑤トランペット氏:情熱的な奇跡と言える楽器で可能性は無限大だ。楽しさも悲しみも人間の内面を全て表現出来る。しかし、ミスを隠せないので、失敗したら大変落込むと正直。

⑥オーボエ氏:最も古い楽器で、難しくデリケートで孤独な音楽だ。奏者も個性的で孤独で嫌われ者さ。オーボエだけが、音域を決定出来て演奏を支えているから妬まれる。ヴァイオリンはオーボエを憎み、オーボエはヴァイオリンが邪魔だ。黄金の輝きを示し特殊な音場感を与えて奏者の魂を向上させる楽器だ。

⑦クラリネット氏:名指揮者トスカニーニに美しい響きと褒められた。ポー河の霧(田舎)から私を引き出してくれた楽器だと感無量だが、4人一組の中の1人はサッカーのラジオ中継をイアホフォンで聞いて演奏しており好い加減さだ。

⑧ファゴット氏:オナラみたいな音で間抜けのシンボル。他のどの楽器とも上手く行かないとゲラゲラ笑う。

尚、管楽器奏者が演奏前に口を動かす練習を初めて見たが、珍妙で笑ってしまった。
自分の楽器は、ほめ自慢するが、ある1人は、演奏者は文化には関心がないんだよと暴露している。音楽創造では、指揮者のように見識高く、全体をコントロールする人が要るのだろう。

2. 指揮者の役割
老人が昔の指揮者を懐かしむ。昔は皆ネクタイ着用で練習時間も夜明けまでと長く、厳格で音を外したらその場で立たされ、指揮棒で手をピシャリ叩かれたものである。(トスカニーニの事らしい) 眼を閉じても、ちゃんと皆を見ている指揮者もいた。(カラヤン ?)
指揮者は神であった。

一方、現代の指揮者は、「指揮者は職業軍人の下士官に成り下がって、部下の尻を叩くだけだ」と嘆く。また観客は、雰囲気に はしゃいでいるだけとバカにする。
一方、「指揮棒を振った瞬間に音が紡ぎ出され、私の手から音楽が生まれる。静けさから生まれ再び沈黙へと戻る。メロディは、鳥のような私の腕に呼応し、波のように高まり、それは静まり徐々に消えていく。」と音楽の素晴らしさも語っている。

「指揮者には昔ほどの重要性が無い。信者と教会が必要な神父と同じさ。音楽は神聖でコンサートはミサだ。昔は指揮棒の合図で、生命力が溢れ一体となれた。今ではそんな関係は築けない。崩壊した家族だ」と現状を苦々しく語る。

3. オーケストラを取り巻く状況
ユニオン(組合)に入っている今日の演奏家達は、インタビューもギャラ無しだと不平をもらし、休憩時間もちゃんと取って、タダ働きをすべきでないと主張する。一方、指揮者はサックスがストで来ない事に怒り、ワーグナーの楽劇は、組合が無かったから創れたと悪態をつく。両者の関係は剣呑なままだ。
楽団員は、酒や女にルーズな者もおり、各人が言いたい放題の中、指揮者はいらないという反乱が起こる。大きなメトロノームを引っ張り出してこれで十分と騒ぐ。
大混乱の最中に巨大な鉄球が壁を破り、女性ハーピストが瓦礫に埋もれ亡くなる。
ここは、大変意表を衝く展開で、みな我に帰り、指揮者のダカーポ(始めから)の声で、夢中で演奏を再開する。

当時のイタリアの政治状況(少数政党乱立)を反映している寓話かも知れないが、個性的な数十人の団員を纏め芸術作品を作っていくのは、カリスマ的な指揮者が居ない現代では大変だなと思い至った。映画監督も同じような思いをしているのだろう。

オーケストラ演奏時のカメラアングルは、秀逸で各演奏者の表情も良く判る。クラシック音楽好きには楽しい一編でもあった。
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まとめtyaiました【映画「オーケストラ・リハーサル」(1978年)】

混沌から生まれる物語が妙に活き活きしているイタリア映画の巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の後期の作品。彼の殆どの作品をカバーし名曲を提供してきた作曲家ニーノ・ロータと組ん...
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